続けて私は、加山さんの希望についてこのように話をしました。
藤田 IT関連の仕事で残業のない会社を探すことが相当難しいのはご存じですか。
加山 はい、分かっています。
藤田 それでは、これまでとまったく異なる仕事をする心構えはありますか。
加山 何ともいえませんが、あまり自信がありません。
藤田 そうですね。仕事を変えるとなると一から始めることになりますし、給与も下がるでしょう。好きなバンド活動を続ける資金にも苦労するのではないですか。
加山 そのとおりです。機材やスタジオ代もばかにならないんです。
藤田 なるほど、趣味の音楽を続けるにも資金が必要なのですね。ところで、これまでは残業が多くても一生懸命仕事に取り組むことができたのに、どうして急にそれができなくなったのでしょうか。これまで、加山さんが仕事に没頭できていた原動力は何だったと思いますか。
加山 それは……。
加山さんは、ITエンジニアになりたいという希望を持って情報系の専門学校に進学し卒業したこと、高い志で仕事に没頭し、楽しかったときのことを思い出します。そして現在の自分と比較します。
加山 最初は何もかもが新しいことばかりで刺激が多く、とても楽しかったのです。残業も苦になりませんでした。ところがいまは同じことの繰り返しになっていて、目標とすべきものが見えていないような気がします。
藤田 本当は、もっと熱中できる仕事がしたいのではないのですか。
加山さんは、今回の問題が、残業ではなく、目標が見えなくなったことによるものであることに気付きます。
加山 そうかもしれません。
藤田 新しいことに取り組める環境に身を置けば、仕事をもっと楽しむことができるのではないですか。音楽であれば徹夜をしても苦にならないのですものね。
加山 そのように思います。でも、そんな仕事はあるのでしょうか。
藤田 それを一緒に考えましょう。
勉強熱心で飲み込みも早い加山さんは、数々のプロジェクトで経験を積み、順調にスキルアップしてきました。しかし、日々の仕事はSIerからの指示に基づ くものがほとんどで、詳細設計~プログラミング~テスト、あるいはプログラミングのみの繰り返しです。これ以上の新しいスキルを身に付けることが難しい状 況になり、モチベーションを保てなくなってしまっていたのです。
こうして加山さんは、質問の回答を考えるうちに問題の本質に気付き、ネガティブであった転職動機を、前向きなものに変えることができました。